(1)問題
設問 次の課題文を読んで、問1と問2に答えなさい。
① 「万物の霊長」という言葉があるように、私たち人間は他の動物よりも頭が良いと思っているらしい。人間はコウモリのように暗闇の中を超音波の反射を頼りに飛び回れはしないし、チーターのように猛スピードで走ることもできない。それでも、これだけの文明を発達させてきたという事実を見ると、確かに少しは「頭が良い」と思ってもいいのだろう。
②人間の「頭の良さ」は、何に由来するのか。計算を素早く、正確に実行するだけならば、今やコンピュータのほうが遥かに優れている。コンピュータはルールの決まったゲームをするのも得意で、チェスの世界チャンピオンを打ち負かしてしまったほどである。
② 一体、人間の頭の良さの特徴とは何か。多くの研究者が、人間の知能の本質はその社会性にあると考えている。養老孟司先生は、「教養とは他人の心がわかることである」としばしば言われる。他人と心を通じ合わせ、協力して社会をつくりあげることが、人間の頭の良さの本質である。
③ 頭の良さが社会性と深く関わるということを、意外に感じる人もいるかもしれない。学校で勉強ができる子どもはなんとなくツンと澄ましていて、あまりできない子のほうがかえって他人と温かく接することができる。一般にはそのような思い込みがあるかもしれないが、現代の脳科学では、頭の良さとはすなわち他人とうまくやっていけることであると考えるのだ。
④ 他人の心を読み取る能力を、専門用語では「心の理論」という。コンピュータは、いくら計算が速くできたとしても。心の理論を持たない。他人の心を読み取り、初めて会う人ともいきいきとしたやりとりができるといった「コミュニケーション」の能力においては、人間はコンピュータよりもまだまだ遥かに優れているのである。
⑤ 人間の社会的知性を、他の動物と比べてみると、どうだろうか。人間以外にも、社会をつくる動物はいる。アリは高度に発達した分業体制を持つし、猿の群れの中には社会的地位のようなものがある。しかし、これらの動物に比べてみても、人間の社会的知性が特に優れていることは疑いない。
⑥ 現在までに得られている知見を総合すると、厳密な意味で他人の心を読み取ることができるのは、全ての動物の中で人間だけであるとされる。「側隠の情(注)|」「あうんの呼吸」「本音と建前」といった言葉に表れているように、相手の考えが身振りや周囲の状況からは容易に判断できない場合でも、目には見えない相手の心を読み取る能力に大変優れている。
⑦ そのような能力は、動物にもあると考える人もいるかもしれない。ペットを飼っている人は、うちのポチ、うちのミイちゃんは私の心がわかるのよ、と反論したくなるかもしれない。確かに、犬や猫などのペットを観察していると、飼い主の心を読み取っているのではないかと思えることがある。寂しそうにしていると近くに寄ってきたり、散歩に連れていってくれそうだとわかるとよろこんだりする。
⑧ しかし、科学者は、このような場合、ペットは飼い主の目に見える「行動」を読んでいるのであって、目に見えない「心」がわかるのではないと考える。飼い主のポーカーフェイスの下に隠された本心を察知したり、本当は悲しいのに楽しそうな顔をしているといった飼い主の心がわかるわけではないのだ。
⑨ ところで、厳密な意味では「他人の心がわかる」とは言えない犬たちだが、彼らと人間の交流は、社会的知性がそもそもどのように進化してきたのかを考える上で、大切なヒントを提供してくれる。
⑩ 犬は、人間の行動から意図を察知する能力に長けている。飼い主が見た方向に自分も目を向けたり、手の動きが示すほうに走ったりといった行動は、知能が発達しているとされるチンパンジーよりもむしろ敏捷で反応が良い。
⑪ どうして、犬は人間の意図を読み取れるようになったのか。人類の歴史の中で、犬がペットとして飼われるようになった経緯は明確ではないが、犬と人間がお互いの存在を「許容」するようになったことが一つの鍵であったと考えられている。
⑫ 野生の動物は、お互いに対する警戒心に満ちている。異種の動物はもちろん、同種の仲間にさえ容易に警戒を解こうとはしない。目を合わせれば闘ったり、逃げだしたりすることが普通である。そのような状況では、相手の振る舞いに合わせて自分が協力したり、微妙なニュァンスを読み取ったりといった認知能力は発達しない。
⑬ 英語に「犬は人間の最良の友」という表現がある。ある時期から、犬と人間がお互いの存在を許容し、リラックスしたままで「一緒にいること」が可能になったことが、犬と人間の「社会的な関係性」が発達する上で大切なきっかけとなったと、科学者たちは考えているのだ。
⑭ 犬と人間だけではない。人間同士の社会的知性の進化においても、お互いの存在を受け入れ、共生することが本質的に重要であったとされる。
⑮ 異質な他者を受け入れ、共生することが「頭が良くなる」ことにつながる。最先端の科学の理論が描き出したそのようなシナリオには、世知辛くなっていく現代を生きる人間が耳を傾けるべきメッセージが潜んでいる。
⑯ 一緒に仲良くいることで頭が良くなる。私たち人間は、そのようにして「万物の霊長」になったのである。(出典 茂木健一郎「それでも脳はたくらむ」所収、2007年、中央公論新社)
注記(注)側隠の情―人をいたわしく思う心。(出典「広辞苑」第六版)
問1 人間の頭の良さの特徴は何であると筆者は述べていますか。本文中に出てくる他の動物との違いに触れながら200字以内で述べなさい。
問2 課題文で筆者は、「異質な他者を受け入れ、共生することが『頭が良くなる』ことにつながる」と述べていますが、異質な他者を受け入れて共生することの意義について、あなたの考えを見聞や体験をふまえて800字以内で述べなさい。
(2)解答例
問1
社会性のある人間は他人の心を読み取る能力、;がある。社会をつくるアリは高度に発達した分業体制を持ち、猿の群れの中には社会的地位のようなものがあるが、これらの動物に比べても人間の社会的知性が特に優れていることは疑いない。人間の社会的知性を、他の動物と比べてみると、厳密な意味で他人の心を読み取ることができるのは、人間だけである。
犬は飼い主の行動を読んでいるのであって、目に見えない「心」がわかるのではない。(199字)
問2
私たちが外国人のような未知の存在に対するとき、不安を感じる。この不安を解消すようとするとき、わかりやすいイメージを他者に付与する。たとえば早口でハイトーンの中国語を話す中国人に対しては「うるさい中国人」のように、一部分だけを切り取って、これを誇張してイメージを作る。そして、「公共の場で慎ましく振舞う日本人」に比べて、「人様の国に来て、あいつらは何だ?」というような排外的な視線を中国人に向ける。こうした、民族や国籍を単純化した思考はしばしば偏見や差別につながる。
私には中国人の友人がいる。彼は中国に家族を残して単身、日本にやってきた彼は、いつも家族の写真を持ち歩き、その身を案じている。私に対しても明るい笑顔を絶やさず、にいつも誠意をもって接してくれる。こうした振る舞いを嬉しく感じる一方で、家族を残して日本に出てきた彼の辛苦や孤独も思いや
られる。民族といった集団ではなく個人として他者と付き合うと、その人固有の人生を発見すると同時に、家族を思う気持ちは民族を超えてみな一緒であるという、人としての普遍性も見ることができた。
私たちは「男性は理性的で女性は感情的」、「異性愛者は正常でLGBTQは異常」といつたように、二項対立的な型に嵌めて物事をわかりやすく単純化する悪弊に陥りやすい。異質な他者を受け入れて共生することで『頭が良くなる』とは、こうしたステレオタイプ的な思考から脱し、物事の本質をつかむことである。
グローバル化や性的多様性が顕在化した現在、社会の各所で異文化摩擦やヘイトスピーチ、マイノリティに対する差別問題が噴出している。異質な他者を受け入れて共生することで、人々を分断から救い出し、困難が多いこの社会で共に生きる同じ仲間という意識が芽生える。こうした意識が、課題が山積するいまの時代を乗り切る原動力になるのではないだろうか。(776字)
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